商店街紹介

広小路商店街

1600年代、福知山は何度も大火災に見舞われ、城下町の町屋は3度も全焼しました。
たまりかねた藩は1699年の大火災の後、市街地の道を拡幅し広小路と名付けたのが始まりです。
その後、由良川水運の中心地となったことで有力商人が集まり、福知山市の中心的な商店街として発展していくこととなりました。

新町商店街

1600年代ごろから新町という地名はあったものの、実際に商店が立ち並び始めたのは明治35年に道が切り開かれてからのことでした。
昭和に入ると木煉瓦で舗装され、流行のスズラン灯も設置し、さらにまだ珍しかったエスカレーターのある本格的なデパートが進出するなど関西でも数少ない近代的な商店街のひとつとなりました。

内記新町商店街

新町商店街と連なって位置していますが、町名のくぎりで自然と別れてできたのがこの商店街です。
昭和40年代半ばに明るい商店街を作ることを目的として商店の組合が作られ、アーケードの設置や、カラー舗装などに力を入れてきました。
現在でも、イルミネーションの点灯や花回廊への参加などの取り組みを行っています。

アオイ通り商店街

昭和の初めごろ、職人町通りとして栄えていたことにより、商店が集まってできたのがこの商店街です。その後、通りの名前が元町通りとなり、戦後にアオイ通りとなって今に至ります。
福知山で初めて一六(いちろく)夜市を行い、またアーケード(現在は取り壊されている)を作るなど様々な取り組みを率先してきました。

アオイ通り三丁目商店街

昭和30年代ごろ、近くに牛市場や宿屋があり栄えていたため、商店が集まってできたのがこの商店街です。当時は一六(いちろく)夜店や祭りなど、昼夜を問わずの盛況ぶりでした。
アーケードが無い代わりに、どの店も同じようにひさしを伸ばすなどの工夫をこらしており、現在でもその名残が見受けられます。

駅正面通り商店街

昭和30年代ごろに100店舗以上の商店が集まって組織されたのが始まりで、特に飲食店が多くありました。その後、駅前にさとうやファミリーなどの大型スーパーができたことによりさらに栄えることとなりました。市外から訪れた人にとってもこの立地は非常に便利であったため、駅前でご飯を食べてから帰ることができると好評でした。

ききょう通り商店街

元々は駅前商店街振興組合が昭和30年代後半にできたのが始まりです。近年になって、再開発事業で街並みを一新したときに、商店街名も4候補の中から人気投票を行い、ききょう通り商店街という名称に変更されました。
現在では福童・知恵翁というシンボルキャラクターも作られ、関連商品なども増えてきました。

福知山商工会議所

〒620-0037 京都府福知山市字中ノ27
TEL 0773-22-2108 / FAX 0773-23-6530

Copyright© 福知山商工会議所 All Rights Reserved.